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小野寺正 KDDI社長兼会長 ロングインタビュー
「もう一度、“戦う会社”に戻したい」
NTTはともかく、ソフトバンクの孫正義社長の快進撃で、その影に隠れていた感のあるKDDIの小野寺正社長兼会長。そんななかで、通信業界におけるチャレンジャーの元祖である小野寺社長が、大企業病、通信事業者の矜持、J:COM騒動、後継者問題などを存分に語ってくれた。
―最近のKDDIには、かつての“勢い”が感じられない。通信業界では、そのような指摘がある。小野寺さんは、“絶頂期”と比較して、現在の状況をどう見ているか?
これまで、KDDIには絶頂期はなかったと思う。
確かに、移動体通信(携帯電話)が急速に普及した1990年代後半や、2002~03年に第3世代携帯電話(3G)の立ち上げでNTTドコモに先行したこと、そして06年に「番号ポータビリティ制度」が導入された直後などは他社からの転入も多く、調子がよかった。
とりわけ、日本で最初に第3世代携帯電話を市場に投入して独走状態だった頃は、auの販売台数が一気に伸びた。当時最先端だった3Gのネットワーク(インフラ)を構築して、そこに魅力的な端末と各種のサービスを組み合わせて提供できたことで、会社も大きく成長することができた。
ところが、現在の状況について言えば、インフラでは競合他社も3Gネットワークを構築しているので、それほどの差がなくなってきている。そして、端末や各種のサービスについても、競合他社と似てきている。それが、お客様にとっての“目新しさ”を失うことにつながっていると思う。
―なぜ、そのような状況になってしまったのか?
KDDIという会社が“保守的”になってしまったからだ。全体がそうなってしまった。
本来であれば、会社が成長している時に、さまざまな改革に着手することが必要だと思う。だが、調子のよい時は、さらに伸ばしていくための活動を優先してしまうので、結果的に、改革が“後回し”になってしまう。
そういう時は、誰もが「調子がよいのに、何で変える必要があるの?」と考えがちだ。だが、お客様から見て目新しさがなくなっているという現在の状況を考えれば、成長している時に、もっと強引にでも「変えなければならなかったことを変えられなかった」というのが、勢いを失った本当の理由だろう。過去の“成功体験”が足を引っ張っている。そこに尽きる。
―では、どのようにして、現在の失速ムードを打破するのか?すでに営業利益で、業界3位が定位置だったソフトバンクに追い抜かれた。彼らは、米アップルのiPhoneという強力な“商材”を手にして快進撃を続けているが、その一方でKDDIはスマートフォン(多機能携帯電話)の投入で、明らかに出遅れた。
それは事実だ。そうなってしまったのは、これまでKDDIが手掛けてきたサービスに、こだわり過ぎたことが大きい。
たとえば、端末にはKDDIの「LISMO」(携帯電話とPCを組み合わせて音楽の配信などができるサービス)を搭載することを考えたり、現在の「SIMカード」(契約者を識別するためのモジュール)を使う方法を考えたりしていた。さらに、販売施策では、全国各地のauショップにおいて、すべて同じ端末のラインアップを揃えるという販売方法に固執していたこともある。
やはり、社員のメンタルの問題が大きい。現状を打破するには、過去に築いてきた技術や成功体験にしばられずに、変えるべき点は変えていく必要がある。試行錯誤の段階なので、まだ詳しくは話せないが、ようやく過去のスタイルと決別しようと動き始めた。
一例だけ挙げると、製品やサービスによって、適宜、端末を置く店舗や販売する方法などを変えていく。すべてを一気に変えることはしないが、毎回毎回最も適したやり方に変えていく。
携帯マルチディア放送は放送と付いても通信の話
─2011年7月にテレビ放送が地上デジタル放送へ移行することにより、アナログ放送の周波数の一部に空きが出る。その“跡地”をめぐり、NTTドコモなどの「マルチメディア放送」陣営と、KDDIなどの「メディアフロージャパン企画」陣営が“一つの認定枠を争う”という状態にある。下馬評では、「ドコモ優勢」とされるが、どう見ているか?
正直いって、理由がわからない。
KDDIは、05年12月の段階で、(将来的に放送の周波数を活用するための)メディアフロージャパン企画という子会社を立ち上げ、事業化に向けた取り組みを続けてきた。すでに、実験基地局の設備や端末、そして内蔵するチップセットを開発している。“実験機”も世間に公開してきた。
一方で、08年12月から動き出したドコモは、3G(第3世代携帯電話)やLTE(3・9世代携帯電話)などの新技術導入時とは異なり、今回は技術の詳細を公開していない。そのようなクローズドな状況で事業計画の認定に向けた手続きが進むことに対して、私は危機感を感じている。
─ドコモは、今年3月に「ISDB‐Tmm方式」のデモンストレーションを公開したが、確かにKDDIの「メディアフロー方式」のように公開実証実験をしていない。また、その技術を開発した米クアルコム社が米国で展開しているように、実際のサービスが開始されているわけでもない。
ドコモが採用するISDB‐Tmm方式は、名称が地上デジタル放送(ISDB‐T)と似ていることから、同じような方式だと誤解を与えるが、技術的に2つは別物である。ドコモとしては、地デジが南米などの海外で受け入れられたこともあり、その流れに乗りたいのだろう。
だが、地デジは、日本の技術が認められたから受け入れられたのであって、これまでになんの実績もない日本国内向けのISDB‐Tmm方式が受け入れられるかどうかは、まったく別の話だ。
その点で、メディアフロー方式は、5年間で約1000億円、年間200億円という無理のない投資計画になっているし、事業の実現性を示してもいる。大体、すでに実績があるものと、計画段階のものを比較して、「技術的に差がない」としている総務省の判断には疑問を持っている。
―もしかしたら、第3世代携帯電話で、ドコモとソフトバンクが同じ「W-CDMA方式」で、KDDI(au)だけが「CDMA2000方式」という違う技術を採用していることも、どこか影響しているのではないか?
傍目には、彼らのほうが“多数派”で有利な存在に見えるのかもしれない。だが、携帯マルチメディア放送というものは、携帯電話の世界と異なり、通信インフラの種類を問わずにサービスを搭載できる点が優れている。ここは誤解も多いので、強調しておきたい。
たとえば、すでに商用化されている米国では、auの携帯電話と同じ技術方式を採用している業界1位のベライゾン・ワイヤレスと、ドコモやソフトバンクと同じ技術を採用している業界2位のAT&Tワイヤレスが、メディアフロー方式を採用している。すなわち、日本の状況に置き換えれば、どこの通信事業者の端末でも使えるということと同じである。
そもそも、携帯マルチメディア放送は、「放送の電波を通信の一部として使いたい」という構想から出発していた。“放送”というカテゴリーに含まれているが、実質的には“通信”の話である。
そして、将来的には、これまでのインターネットのように「自ら情報を取りに行く」(プル型)のではなく、「自動で情報が届けられる」(プッシュ型)というスタイルが“大きな流れ”になる。だから、契約している人だけに特定の情報を送り届けられるメディアフローの仕組みは、必ず必要になる。
─しかしながら、総務省は、この7月中にも、メディアフロー方式か、ISDB‐Tmm方式のどちらかの事業者に免許を与えるとされている。
やはり、オープンな場で、技術の比較審査を進めてほしい。
繰り返すが、メディアフロー方式は、米国を中心に世界で実用化されており、端末も商用化されている技術である。さらに、日本の携帯電話でも利用できるように、携帯端末向けマルチメディア放送(メディアフロー)と、ワンセグ(地デジ)をデュアルで搭載できるチップセットも準備しているので、すぐに商品化にも移れる。
メディアフローは、国内限定の技術ではなく、国際標準の技術だ。KDDIは、メディアフロージャパン企画が免許を受けて事業会社化する際には、競合事業者に対しても技術をオープンにしたいと考えている。さらに、通信インフラを問わないプラットフォームなので、どこのキャリアの携帯端末にも搭載できる。ドコモやソフトバンクの資本参加も歓迎する。
米国を皮切りに、すでに20カ国でメディアフローの導入が検討されている。そんななかで、日本の携帯マルチメディア放送だけが世界から“孤立した状態”になるのではないかと懸念している。
インフラを持ち設備で競争する
―では、「NTTの2010年問題」が風化しつつあるなかでも、KDDIは自らインフラ構築に取り組み続けている。その理由を聞く前に、日本の電気通信市場の競争環境は、どのような段階を経て変化してきたのか、簡単に説明してほしい。
まず、1985年の「通信の自由化」(NTTの民営化)がある。この第1段階で、それまで国内に存在しなかった“競争”が起きたことで、諸外国に比べて高かった日本の「市外電話」と「国際電話」の料金が劇的に下がった。
次に、88年に「移動体通信」の世界で競争が導入されて、異業種の新規参入事業者が増えた。この第2段階は、移動体通信がアナログ方式からデジタル方式に変わる時期であり、安価なPHS(簡易型携帯電話)も参入したことから急速に “市場”が形成された。
そして、第3の段階が、2000年以降に加速したインターネットの普及だ。当初、インターネットは、諸外国はPCなどの据え置型の「固定インターネット」が先行したが、日本では持ち運び型の「携帯電話のeメール」が発達した。外国では、自分の電話番号をアドレスに使うSMS(ショート・メッセージ・サービス)が主流だが、日本ではSMSとは別のアドレスを取得する文化ができた。
では、インターネットが当たり前になった時代の競争はどうなるのかと言えば、携帯電話だけでは十分でなくなってくる。現時点では、日本の高機能端末はかなりのことができる。だが、将来的に端末で動画を楽しむような世界が当たり前になってくると、高速大容量のデータ通信のやり取りが増大するので、現在の携帯電話の仕組みから考えれば周波数の帯域が逼迫するようになる。
―その際に、携帯電話に極端な負担をかけない手段として、改めて、固定インターネット、すなわち固定ブロ-バンドが必要になってくるということか?
そう。すでに、KDDIでも始めている「Wi-Fi」(無線LAN)や「フェムトセル」(屋内用小型中継機)などを活用して、逼迫したトラフィックを逃してあげなくてはならない。そこで、快適な通信を楽しむためには、移動体通信と固定通信を結び、家庭まで送り届ける「アクセスライン」の重要性が増してくる。
これまでの移動体通信の歴史を振り返ると、①お客様が増えたので周波数を割り当てる、②確実に電波が届くように「セル」(受信できる範囲)をより小さくする、③デジタル技術を導入する、という流れにあった。基本的には、いまでもこの3つでできている。
このうち、通信事業者は、電波がつながりやすくするために②の受信できる範囲を狭くすることを重視してきたが、モバイル端末を常時接続して動画を楽しむような時代になったら、どうやって分散させるか。Wi-Fiやフェムトセルをどこにつなぐのか、になる。
言うなれば、アクセスラインのインフラがなければ、今後の移動体通信事業は成り立たなくなるということだ。いずれは、高速大容量のデータ通信を可能にするLTEの時代が来るとはいえ、全部のインフラを張り替えるまでには、それなりの時間とお金がかかる。
―以前から、KDDIは、電力系の通信会社の光回線を買収するなど、自前でのアクセスライン構築を模索してきた。しかしながら、今では「インフラを所有している人から借りる」という選択肢もある。なぜ、自前での取得が大切なのか?
電話の時代からインターネットの時代になり、通信料金は「距離でいくら」という従量制の概念がなくなり、「月額いくら」の定額制が常識になった。そこで、自前のインフラを持っていないと、誰かから有料で借りることになる。確かに、借りるという方法もある。
だが、日本で通信事業者として生きていくには、いつまでもインフラを他社に丸ごと依存していてはいけない。現在、NTTグループが持っているようなインフラと同じものをKDDIがイチから持つことはできないが、ある程度は自前のインフラ(アクセスライン)を持ちながら事業を行わないことには、KDDIの存在理由が失われてしまう。
KDDIは、1985年の「通信の自由化」で競争が導入されて発足した“競争事業者”であるという原点に立ち返り、自らインフラを所有して設備競争する通信事業であるとの“原理・原則”は、これらからも重視し続ける。その点は、絶対に忘れてはならない。
―また、KDDIは、アクセスラインとしてのケーブルテレビに対する関心も、ずいぶん以前から持っていた。静かに業界2位のJCNを傘下に収めてから、今春には業界1位のジュピターテレコム(J:COM)への資本参加を果たした。その過程で、住友商事との間で主導権争いが起きたことから、「KDDIは何をやっているのだ?」と非難もされた。
正直、数年後に、結果を見てもらうしかない。現時点では、私はとやかく言うつもりはない。
米国の競争環境を見ていれば、いずれ日本でも光回線とケーブルの競争になることが見えていた。だから、第三者に気付かれる前に、KDDIとしてJ:COMに資本参加しておく必要があった。
J:COMは、アクセスラインとしての魅力ばかりでなく、KDDIが弱いコンテンツの調達能力に独自の強みを持っている。将来的には、移動体通信の世界でコンテンツの重要性が増していくことを考えれば、プラットフォームでどのようなコンテンツを提供できるのかが鍵を握ることになる。
後継になる社長はドン底で引き継ぐ
―話を転じて、小野寺さんがKDDIの経営者である間に、「これだけはやっておかなければならない」と考えていることはあるか?
それは考えていない。この先、いつまで経営に携わるのか決めていないので、やらなければならないことも決めていない。むしろ、それを決めてしまうと、その間は経営から離れることができなくなるので、かえって制約になる。
社長である限りは、社長としての職責を全うするつもりでいるが、本当に限界が来た場合にはすぐに後継者に社長を引き継ぐべきだと考えている。
―冒頭で、「絶頂期はなかった」と言われたが、自らの社長在任中に絶頂期を迎えてみたいという思いはないか?
いやいや。後継者のことを考えれば、“ドン底”の状態で社長を引き継がれたほうがやりやすいのではないかと考えている。
なぜなら、絶頂期で引き継がれると、前任者が成功したやり方を変えることに抵抗されて、自由な経営ができなくなるからだ。
それが、ドン底であれば、「前の社長のやり方はダメだった。これからは、別のやり方でやるぞ」と言うことができる。2001年に社長になった私もそうだったが、後継者はドン底で引き継がれたほうが思い切った経営ができる。
私は、KDDIを、もう一度、本来の姿である「戦う会社」(チャレンジャー)に戻したいと考えている。
【東京新聞社説】
難しい選択だからこそ 参院選きょう投開票
2010年7月11日
政権交代を選択した昨年夏の民意は正しかったか否か。きょう投開票の参院選は、その答えを有権者自らが出す。そして政権にもの申す絶好の機会だ。
東京都千代田区永田町。国会議事堂裏手に新築された十二階建ての重厚な議員会館が、議事堂を圧するように威容を見せている。
三棟のうち一棟が参院の分。三年前の二〇〇七年当選組、つまり今回は非改選の議員事務所の入居が一足早く始まっている。
事務所一部屋百平方メートル、旧議員会館の二・五倍の広さになった。
民間業者に集中管理を委託されたハイテク・オフィスは一見、豪華ホテル並みの快適空間だ。
◆託される大切な6年間
きょう投票の選挙で勝ち上がる百二十一人は任期の六年間、ここに腰を落ち着けることになる。
事務所の広い窓からは同じ仕様の衆院議員会館が見える。そこに入る衆院議員の残る任期は三年ちょっと。政局の展開次第で解散はいつあってもおかしくない。
そういう衆院と違って解散のない参院の議員たちは、じっくり政治に取り組むことが可能だ。
政権交代が違和感なく受け入れられる時代にあって、参院は存在感を一段と増してきている。
〇四年と〇七年の参院選を経て参院の多数派となった民主党は、自民党長期政権を追い詰め、ついに倒した。
「良識の府」のはずの参院はいつしか「政局の府」となり、時の政権の命運を左右する光景がここ数年で私たちの脳裏にしっかり刻まれた。
そのことが良くも悪くも選挙を面白くさせたのは疑いのないところだ。でも、本格的な政権交代を体験した以上、有権者はもう観客席で楽しんではいられない。
内外ともに見通しが利きにくい時代。今後六年を託す一票の行使に、責任を負わねばならないことを、まずは確認しておきたい。
◆ねじれ再現観測の中で
短命政権が続いた政治の混乱に終止符を打てるかどうか、その点にも内外の関心が注がれた。
ところが歴史的な政権交代の熱気から一年もたたず、首相は鳩山由紀夫氏から菅直人氏に代わっている。その菅首相は就任一カ月を超えたばかりのところで、思わぬ内閣支持率急落に顔色なしだ。
メディア各社の世論調査は軒並み「ねじれ国会」再現の可能性を伝えている。政権与党が参院過半数を失い、衆参の多数派が異なってしまうのが、ねじれ状況だ。
菅首相は遊説先でこう言った。「ねじれになればまた物事が動かなくなる」。脅しか本音か。野党当時の民主が政権攻撃にねじれをフル活用したのを思い出す。
政界や報道現場の関心は選挙後の政権枠組みに向かう。参院の多数派確保へ、第三極の政党や、場合によっては自民へも、政権側からの連携工作が活発化するに違いないからだ。
みんなの党をはじめ公明党など野党はすべて選挙後の連携を拒絶している。政権側には早くも手詰まり感が漂いつつある。
一方、野党の自民党。次の衆院総選挙での政権奪還へ確かな支持を取り戻し、足場を再構築できるかが今回参院選のポイントだ。
仮に与党が大敗して首相交代があっても、衆院の多数を握る民主中心の政権は当面変わらない。
もし獲得議席が芳しくないなら責任をめぐる人事紛争は避けられまい。そこは民主と表裏の関係にあるが、いずれにせよ自民は苦しい対応を迫られる。
新党が続々名乗りを上げたのも今回選挙の特徴だ。それぞれ選挙後の政界再編成へ生き残りをかける。
視界不良に有権者も戸惑うところだろうが、ここは冷静に見据えたい。
旧政権下のねじれ時代にも不毛な混乱の一方で、新たな国会のあり方を模索する動きがあった。国民そっちのけの権力抗争に走るかそれとも大局をわきまえるか。しっかりと見極めて選びたい。
経済・財政、社会保障、教育、外交・安保、そして税制と、論点になった政策テーマは幅広い。
とりわけ税や年金、雇用の問題は、人生これからの青年たちに深くかかわってくるものだ。
民主党政権が掲げるマニフェストの変容や、政党間の口汚い応酬に、政治なんてそんなもの、といった、冷ややかな声を聞いた。
政権交代の前も後も結局、政治は何も変わらないでは、青年たちの政治離れ、投票忌避をとやかく言えるはずもない。
◆あきらめずに投票所へ
けれども世代間の負担の在り方にかかわる政策選択が中高年優先でなされてはバランスを欠く。
増税論議も含めてみんなが難しい選択を迫られている。だからこそ今後の日本を支える青年たちにもっと声を上げてもらいたい。
その投票で政権にもの申す。政治をあきらめず、ぜひ投票所へ。
「もう一度、“戦う会社”に戻したい」
NTTはともかく、ソフトバンクの孫正義社長の快進撃で、その影に隠れていた感のあるKDDIの小野寺正社長兼会長。そんななかで、通信業界におけるチャレンジャーの元祖である小野寺社長が、大企業病、通信事業者の矜持、J:COM騒動、後継者問題などを存分に語ってくれた。
―最近のKDDIには、かつての“勢い”が感じられない。通信業界では、そのような指摘がある。小野寺さんは、“絶頂期”と比較して、現在の状況をどう見ているか?
これまで、KDDIには絶頂期はなかったと思う。
確かに、移動体通信(携帯電話)が急速に普及した1990年代後半や、2002~03年に第3世代携帯電話(3G)の立ち上げでNTTドコモに先行したこと、そして06年に「番号ポータビリティ制度」が導入された直後などは他社からの転入も多く、調子がよかった。
とりわけ、日本で最初に第3世代携帯電話を市場に投入して独走状態だった頃は、auの販売台数が一気に伸びた。当時最先端だった3Gのネットワーク(インフラ)を構築して、そこに魅力的な端末と各種のサービスを組み合わせて提供できたことで、会社も大きく成長することができた。
ところが、現在の状況について言えば、インフラでは競合他社も3Gネットワークを構築しているので、それほどの差がなくなってきている。そして、端末や各種のサービスについても、競合他社と似てきている。それが、お客様にとっての“目新しさ”を失うことにつながっていると思う。
―なぜ、そのような状況になってしまったのか?
KDDIという会社が“保守的”になってしまったからだ。全体がそうなってしまった。
本来であれば、会社が成長している時に、さまざまな改革に着手することが必要だと思う。だが、調子のよい時は、さらに伸ばしていくための活動を優先してしまうので、結果的に、改革が“後回し”になってしまう。
そういう時は、誰もが「調子がよいのに、何で変える必要があるの?」と考えがちだ。だが、お客様から見て目新しさがなくなっているという現在の状況を考えれば、成長している時に、もっと強引にでも「変えなければならなかったことを変えられなかった」というのが、勢いを失った本当の理由だろう。過去の“成功体験”が足を引っ張っている。そこに尽きる。
―では、どのようにして、現在の失速ムードを打破するのか?すでに営業利益で、業界3位が定位置だったソフトバンクに追い抜かれた。彼らは、米アップルのiPhoneという強力な“商材”を手にして快進撃を続けているが、その一方でKDDIはスマートフォン(多機能携帯電話)の投入で、明らかに出遅れた。
それは事実だ。そうなってしまったのは、これまでKDDIが手掛けてきたサービスに、こだわり過ぎたことが大きい。
たとえば、端末にはKDDIの「LISMO」(携帯電話とPCを組み合わせて音楽の配信などができるサービス)を搭載することを考えたり、現在の「SIMカード」(契約者を識別するためのモジュール)を使う方法を考えたりしていた。さらに、販売施策では、全国各地のauショップにおいて、すべて同じ端末のラインアップを揃えるという販売方法に固執していたこともある。
やはり、社員のメンタルの問題が大きい。現状を打破するには、過去に築いてきた技術や成功体験にしばられずに、変えるべき点は変えていく必要がある。試行錯誤の段階なので、まだ詳しくは話せないが、ようやく過去のスタイルと決別しようと動き始めた。
一例だけ挙げると、製品やサービスによって、適宜、端末を置く店舗や販売する方法などを変えていく。すべてを一気に変えることはしないが、毎回毎回最も適したやり方に変えていく。
携帯マルチディア放送は放送と付いても通信の話
─2011年7月にテレビ放送が地上デジタル放送へ移行することにより、アナログ放送の周波数の一部に空きが出る。その“跡地”をめぐり、NTTドコモなどの「マルチメディア放送」陣営と、KDDIなどの「メディアフロージャパン企画」陣営が“一つの認定枠を争う”という状態にある。下馬評では、「ドコモ優勢」とされるが、どう見ているか?
正直いって、理由がわからない。
KDDIは、05年12月の段階で、(将来的に放送の周波数を活用するための)メディアフロージャパン企画という子会社を立ち上げ、事業化に向けた取り組みを続けてきた。すでに、実験基地局の設備や端末、そして内蔵するチップセットを開発している。“実験機”も世間に公開してきた。
一方で、08年12月から動き出したドコモは、3G(第3世代携帯電話)やLTE(3・9世代携帯電話)などの新技術導入時とは異なり、今回は技術の詳細を公開していない。そのようなクローズドな状況で事業計画の認定に向けた手続きが進むことに対して、私は危機感を感じている。
─ドコモは、今年3月に「ISDB‐Tmm方式」のデモンストレーションを公開したが、確かにKDDIの「メディアフロー方式」のように公開実証実験をしていない。また、その技術を開発した米クアルコム社が米国で展開しているように、実際のサービスが開始されているわけでもない。
ドコモが採用するISDB‐Tmm方式は、名称が地上デジタル放送(ISDB‐T)と似ていることから、同じような方式だと誤解を与えるが、技術的に2つは別物である。ドコモとしては、地デジが南米などの海外で受け入れられたこともあり、その流れに乗りたいのだろう。
だが、地デジは、日本の技術が認められたから受け入れられたのであって、これまでになんの実績もない日本国内向けのISDB‐Tmm方式が受け入れられるかどうかは、まったく別の話だ。
その点で、メディアフロー方式は、5年間で約1000億円、年間200億円という無理のない投資計画になっているし、事業の実現性を示してもいる。大体、すでに実績があるものと、計画段階のものを比較して、「技術的に差がない」としている総務省の判断には疑問を持っている。
―もしかしたら、第3世代携帯電話で、ドコモとソフトバンクが同じ「W-CDMA方式」で、KDDI(au)だけが「CDMA2000方式」という違う技術を採用していることも、どこか影響しているのではないか?
傍目には、彼らのほうが“多数派”で有利な存在に見えるのかもしれない。だが、携帯マルチメディア放送というものは、携帯電話の世界と異なり、通信インフラの種類を問わずにサービスを搭載できる点が優れている。ここは誤解も多いので、強調しておきたい。
たとえば、すでに商用化されている米国では、auの携帯電話と同じ技術方式を採用している業界1位のベライゾン・ワイヤレスと、ドコモやソフトバンクと同じ技術を採用している業界2位のAT&Tワイヤレスが、メディアフロー方式を採用している。すなわち、日本の状況に置き換えれば、どこの通信事業者の端末でも使えるということと同じである。
そもそも、携帯マルチメディア放送は、「放送の電波を通信の一部として使いたい」という構想から出発していた。“放送”というカテゴリーに含まれているが、実質的には“通信”の話である。
そして、将来的には、これまでのインターネットのように「自ら情報を取りに行く」(プル型)のではなく、「自動で情報が届けられる」(プッシュ型)というスタイルが“大きな流れ”になる。だから、契約している人だけに特定の情報を送り届けられるメディアフローの仕組みは、必ず必要になる。
─しかしながら、総務省は、この7月中にも、メディアフロー方式か、ISDB‐Tmm方式のどちらかの事業者に免許を与えるとされている。
やはり、オープンな場で、技術の比較審査を進めてほしい。
繰り返すが、メディアフロー方式は、米国を中心に世界で実用化されており、端末も商用化されている技術である。さらに、日本の携帯電話でも利用できるように、携帯端末向けマルチメディア放送(メディアフロー)と、ワンセグ(地デジ)をデュアルで搭載できるチップセットも準備しているので、すぐに商品化にも移れる。
メディアフローは、国内限定の技術ではなく、国際標準の技術だ。KDDIは、メディアフロージャパン企画が免許を受けて事業会社化する際には、競合事業者に対しても技術をオープンにしたいと考えている。さらに、通信インフラを問わないプラットフォームなので、どこのキャリアの携帯端末にも搭載できる。ドコモやソフトバンクの資本参加も歓迎する。
米国を皮切りに、すでに20カ国でメディアフローの導入が検討されている。そんななかで、日本の携帯マルチメディア放送だけが世界から“孤立した状態”になるのではないかと懸念している。
インフラを持ち設備で競争する
―では、「NTTの2010年問題」が風化しつつあるなかでも、KDDIは自らインフラ構築に取り組み続けている。その理由を聞く前に、日本の電気通信市場の競争環境は、どのような段階を経て変化してきたのか、簡単に説明してほしい。
まず、1985年の「通信の自由化」(NTTの民営化)がある。この第1段階で、それまで国内に存在しなかった“競争”が起きたことで、諸外国に比べて高かった日本の「市外電話」と「国際電話」の料金が劇的に下がった。
次に、88年に「移動体通信」の世界で競争が導入されて、異業種の新規参入事業者が増えた。この第2段階は、移動体通信がアナログ方式からデジタル方式に変わる時期であり、安価なPHS(簡易型携帯電話)も参入したことから急速に “市場”が形成された。
そして、第3の段階が、2000年以降に加速したインターネットの普及だ。当初、インターネットは、諸外国はPCなどの据え置型の「固定インターネット」が先行したが、日本では持ち運び型の「携帯電話のeメール」が発達した。外国では、自分の電話番号をアドレスに使うSMS(ショート・メッセージ・サービス)が主流だが、日本ではSMSとは別のアドレスを取得する文化ができた。
では、インターネットが当たり前になった時代の競争はどうなるのかと言えば、携帯電話だけでは十分でなくなってくる。現時点では、日本の高機能端末はかなりのことができる。だが、将来的に端末で動画を楽しむような世界が当たり前になってくると、高速大容量のデータ通信のやり取りが増大するので、現在の携帯電話の仕組みから考えれば周波数の帯域が逼迫するようになる。
―その際に、携帯電話に極端な負担をかけない手段として、改めて、固定インターネット、すなわち固定ブロ-バンドが必要になってくるということか?
そう。すでに、KDDIでも始めている「Wi-Fi」(無線LAN)や「フェムトセル」(屋内用小型中継機)などを活用して、逼迫したトラフィックを逃してあげなくてはならない。そこで、快適な通信を楽しむためには、移動体通信と固定通信を結び、家庭まで送り届ける「アクセスライン」の重要性が増してくる。
これまでの移動体通信の歴史を振り返ると、①お客様が増えたので周波数を割り当てる、②確実に電波が届くように「セル」(受信できる範囲)をより小さくする、③デジタル技術を導入する、という流れにあった。基本的には、いまでもこの3つでできている。
このうち、通信事業者は、電波がつながりやすくするために②の受信できる範囲を狭くすることを重視してきたが、モバイル端末を常時接続して動画を楽しむような時代になったら、どうやって分散させるか。Wi-Fiやフェムトセルをどこにつなぐのか、になる。
言うなれば、アクセスラインのインフラがなければ、今後の移動体通信事業は成り立たなくなるということだ。いずれは、高速大容量のデータ通信を可能にするLTEの時代が来るとはいえ、全部のインフラを張り替えるまでには、それなりの時間とお金がかかる。
―以前から、KDDIは、電力系の通信会社の光回線を買収するなど、自前でのアクセスライン構築を模索してきた。しかしながら、今では「インフラを所有している人から借りる」という選択肢もある。なぜ、自前での取得が大切なのか?
電話の時代からインターネットの時代になり、通信料金は「距離でいくら」という従量制の概念がなくなり、「月額いくら」の定額制が常識になった。そこで、自前のインフラを持っていないと、誰かから有料で借りることになる。確かに、借りるという方法もある。
だが、日本で通信事業者として生きていくには、いつまでもインフラを他社に丸ごと依存していてはいけない。現在、NTTグループが持っているようなインフラと同じものをKDDIがイチから持つことはできないが、ある程度は自前のインフラ(アクセスライン)を持ちながら事業を行わないことには、KDDIの存在理由が失われてしまう。
KDDIは、1985年の「通信の自由化」で競争が導入されて発足した“競争事業者”であるという原点に立ち返り、自らインフラを所有して設備競争する通信事業であるとの“原理・原則”は、これらからも重視し続ける。その点は、絶対に忘れてはならない。
―また、KDDIは、アクセスラインとしてのケーブルテレビに対する関心も、ずいぶん以前から持っていた。静かに業界2位のJCNを傘下に収めてから、今春には業界1位のジュピターテレコム(J:COM)への資本参加を果たした。その過程で、住友商事との間で主導権争いが起きたことから、「KDDIは何をやっているのだ?」と非難もされた。
正直、数年後に、結果を見てもらうしかない。現時点では、私はとやかく言うつもりはない。
米国の競争環境を見ていれば、いずれ日本でも光回線とケーブルの競争になることが見えていた。だから、第三者に気付かれる前に、KDDIとしてJ:COMに資本参加しておく必要があった。
J:COMは、アクセスラインとしての魅力ばかりでなく、KDDIが弱いコンテンツの調達能力に独自の強みを持っている。将来的には、移動体通信の世界でコンテンツの重要性が増していくことを考えれば、プラットフォームでどのようなコンテンツを提供できるのかが鍵を握ることになる。
後継になる社長はドン底で引き継ぐ
―話を転じて、小野寺さんがKDDIの経営者である間に、「これだけはやっておかなければならない」と考えていることはあるか?
それは考えていない。この先、いつまで経営に携わるのか決めていないので、やらなければならないことも決めていない。むしろ、それを決めてしまうと、その間は経営から離れることができなくなるので、かえって制約になる。
社長である限りは、社長としての職責を全うするつもりでいるが、本当に限界が来た場合にはすぐに後継者に社長を引き継ぐべきだと考えている。
―冒頭で、「絶頂期はなかった」と言われたが、自らの社長在任中に絶頂期を迎えてみたいという思いはないか?
いやいや。後継者のことを考えれば、“ドン底”の状態で社長を引き継がれたほうがやりやすいのではないかと考えている。
なぜなら、絶頂期で引き継がれると、前任者が成功したやり方を変えることに抵抗されて、自由な経営ができなくなるからだ。
それが、ドン底であれば、「前の社長のやり方はダメだった。これからは、別のやり方でやるぞ」と言うことができる。2001年に社長になった私もそうだったが、後継者はドン底で引き継がれたほうが思い切った経営ができる。
私は、KDDIを、もう一度、本来の姿である「戦う会社」(チャレンジャー)に戻したいと考えている。
【東京新聞社説】
難しい選択だからこそ 参院選きょう投開票
2010年7月11日
政権交代を選択した昨年夏の民意は正しかったか否か。きょう投開票の参院選は、その答えを有権者自らが出す。そして政権にもの申す絶好の機会だ。
東京都千代田区永田町。国会議事堂裏手に新築された十二階建ての重厚な議員会館が、議事堂を圧するように威容を見せている。
三棟のうち一棟が参院の分。三年前の二〇〇七年当選組、つまり今回は非改選の議員事務所の入居が一足早く始まっている。
事務所一部屋百平方メートル、旧議員会館の二・五倍の広さになった。
民間業者に集中管理を委託されたハイテク・オフィスは一見、豪華ホテル並みの快適空間だ。
◆託される大切な6年間
きょう投票の選挙で勝ち上がる百二十一人は任期の六年間、ここに腰を落ち着けることになる。
事務所の広い窓からは同じ仕様の衆院議員会館が見える。そこに入る衆院議員の残る任期は三年ちょっと。政局の展開次第で解散はいつあってもおかしくない。
そういう衆院と違って解散のない参院の議員たちは、じっくり政治に取り組むことが可能だ。
政権交代が違和感なく受け入れられる時代にあって、参院は存在感を一段と増してきている。
〇四年と〇七年の参院選を経て参院の多数派となった民主党は、自民党長期政権を追い詰め、ついに倒した。
「良識の府」のはずの参院はいつしか「政局の府」となり、時の政権の命運を左右する光景がここ数年で私たちの脳裏にしっかり刻まれた。
そのことが良くも悪くも選挙を面白くさせたのは疑いのないところだ。でも、本格的な政権交代を体験した以上、有権者はもう観客席で楽しんではいられない。
内外ともに見通しが利きにくい時代。今後六年を託す一票の行使に、責任を負わねばならないことを、まずは確認しておきたい。
◆ねじれ再現観測の中で
短命政権が続いた政治の混乱に終止符を打てるかどうか、その点にも内外の関心が注がれた。
ところが歴史的な政権交代の熱気から一年もたたず、首相は鳩山由紀夫氏から菅直人氏に代わっている。その菅首相は就任一カ月を超えたばかりのところで、思わぬ内閣支持率急落に顔色なしだ。
メディア各社の世論調査は軒並み「ねじれ国会」再現の可能性を伝えている。政権与党が参院過半数を失い、衆参の多数派が異なってしまうのが、ねじれ状況だ。
菅首相は遊説先でこう言った。「ねじれになればまた物事が動かなくなる」。脅しか本音か。野党当時の民主が政権攻撃にねじれをフル活用したのを思い出す。
政界や報道現場の関心は選挙後の政権枠組みに向かう。参院の多数派確保へ、第三極の政党や、場合によっては自民へも、政権側からの連携工作が活発化するに違いないからだ。
みんなの党をはじめ公明党など野党はすべて選挙後の連携を拒絶している。政権側には早くも手詰まり感が漂いつつある。
一方、野党の自民党。次の衆院総選挙での政権奪還へ確かな支持を取り戻し、足場を再構築できるかが今回参院選のポイントだ。
仮に与党が大敗して首相交代があっても、衆院の多数を握る民主中心の政権は当面変わらない。
もし獲得議席が芳しくないなら責任をめぐる人事紛争は避けられまい。そこは民主と表裏の関係にあるが、いずれにせよ自民は苦しい対応を迫られる。
新党が続々名乗りを上げたのも今回選挙の特徴だ。それぞれ選挙後の政界再編成へ生き残りをかける。
視界不良に有権者も戸惑うところだろうが、ここは冷静に見据えたい。
旧政権下のねじれ時代にも不毛な混乱の一方で、新たな国会のあり方を模索する動きがあった。国民そっちのけの権力抗争に走るかそれとも大局をわきまえるか。しっかりと見極めて選びたい。
経済・財政、社会保障、教育、外交・安保、そして税制と、論点になった政策テーマは幅広い。
とりわけ税や年金、雇用の問題は、人生これからの青年たちに深くかかわってくるものだ。
民主党政権が掲げるマニフェストの変容や、政党間の口汚い応酬に、政治なんてそんなもの、といった、冷ややかな声を聞いた。
政権交代の前も後も結局、政治は何も変わらないでは、青年たちの政治離れ、投票忌避をとやかく言えるはずもない。
◆あきらめずに投票所へ
けれども世代間の負担の在り方にかかわる政策選択が中高年優先でなされてはバランスを欠く。
増税論議も含めてみんなが難しい選択を迫られている。だからこそ今後の日本を支える青年たちにもっと声を上げてもらいたい。
その投票で政権にもの申す。政治をあきらめず、ぜひ投票所へ。
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